マグロ解体新書
COLUMN【マグロの初競り】漁師から消費者へ夢を繋ぐ一番マグロ
正月休みの最中、メディアがこぞって報道するマグロの価格に誰もが驚嘆と羨望の思いを抱く。初競りの「一番マグロ」を食べてみたい!そう思っている人は多いであろう。
かくいう私、イカリダもその1人だ。
鮪解体師を生業とする私にとっても「一番マグロ」を食らうのは夢である。
この記事では『マグロの初競り』について語る。
卸売市場や競りの概要から、過去の落札者一覧はもちろん、落札の裏舞台まで徹底的に解体していく。
日本人は縁起物が大好きだ。
初競りの一番マグロはたくさんの人の想いが繋がり、あなたの元へとやってくる。
ただ食べるだけではもったいない。
その想いを知ることで、より美味しさを噛みしめることができる。
ほんのひととき、マグロの初競りの舞台へと招待しよう。
・競りの開催場所丨卸売市場とは?
・競りとは?~仕組みと関係者~
・豆知識と歴代の一番マグロ
・なぜ高いのか
・初競りの舞台裏~それぞれの想い~
・マグロの初競りまとめ
競りの開催場所丨卸売市場とは?
まずは、競りを行う「卸売市場」や「競りの仕組み」について確認しておく。
卸売市場の概要〜役割と機能〜
卸売市場(おろしうりしじょう)とは、全国から集った青果、魚、肉、花などを取引して小売業者や飲食店に販売する場所だ。
【市場の3つの役割】
・「消費者に」安定的な食料品等の提供
・「生産者に」確実な販路の提供
・「小売業者に」取引の場の提供
【市場の6つの機能】
1.集荷・分荷:食料品等を集めて品目、大きさ、等級ごとに分ける
2.価格形成:競りや相対取引などで適正な価格形成をする
3.決済:販売代金の迅速、確実な決済を行う
4.情報発信:市場取引情報の開示、需給に関する内容の公表
5.災害時対応:非常時に物流拠点等となる
6.衛生の保持:食品衛生法に基づき衛生を保持する
【中央卸売市場】
・農林水産省が認定する卸売市場
・全国に64箇所
・大都市に集めてから流通させる「消費地市場」
・国内の中枢を担うのが「豊洲市場」
【地方卸売市場】
・都道府県が認定する卸売市場
・全国に1000箇所以上
・生産地域で流通させる「産地市場」
・特産品や夕市など各々特色がある
【豊洲市場の水産について】
・取扱量 約32.3万トン
・取扱金額 約4415億円
競りとは?~仕組みと関係者~
競りとは、商品を売却する手段のひとつで、いわゆるオークション。購入希望者に価格を競わせて、最も良い条件を提示した者が購入権利を得られるものだ。
マグロの競りに参加できるのは、買参権(ばいさんけん)のある以下の者だ。
・市場内の仲卸業者
・市場外の問屋や大型の小売店の売買参加者
マグロを例に挙げて「漁師がマグロを獲ってから、消費者の元へ届くまで」の流れを順を追って紹介する。
◎漁師(りょうし)
漁に出てマグロを獲る。
販路のない漁師は漁協に販売委託をする。
◎漁協(ぎょきょう)
マグロを漁師に委託され、買取り先を探し、輸送する。
◎卸売業者(おろしうりぎょうしゃ)
漁協からマグロを仕入れて、市場でせりや入札、相対取引などを行って、仲卸業者や売買参加者に販売する。
豊洲市場でマグロを扱う卸売業者は5つ。
卸売は会社の規模が大きく、上場企業も多い。
・築地魚市場
・大都魚類
・東都水産
・中央魚類
・第一水産
◎仲卸業者(なかおろしぎょうしゃ)
市場内に店舗を構え、買出人のニーズに合わせて提供する。
スーパー、飲食店などの注文に応じて競りに参加して、目当ての品物を調達する。
豊洲市場内の約200の仲卸がマグロを扱う。
◎仲買人(なかがいにん)
競りに参加して入札する人。
通常、仲卸の者が担当する。
◎売買参加者(ばいばいさんかしゃ)
市場外の業者。小売業者や食品加工業者、地方卸売市場業者などがこれに該当し、卸売業者から直接購入できる。
◎買出人(かいだしにん)
自分の店で取り扱う商品を仲卸業者から仕入れて、小売店や飲食店などで消費者に提供する。
マグロは多くの人の手を渡って消費者の元へ届けられる。
豆知識と歴代の一番マグロ
次に、「マグロの初競り」のウンチクと、歴代の一番マグロを紹介する。
初競りの概要
初競りは、その言葉の通り、その年最初に行われる競りのことだ。
豊洲市場(H30年以前は築地)の「マグロの初競り」についての豆知識を紹介する。
・曜日に関わらず毎年1月5日に開催される
・御祝儀的な高値が付くことが多い
・12月下旬から1月3日までに獲れた全国のグロが集まる
・通常の競りは5:30スタートだが、初競りに限り5:10から開始する
・手やりと呼ばれる指の合図で価格をやりとりする
・1kg当たりの単価で競り合う
・競りに掛かる時間は数秒〜数十秒程度
景気付けや商売繁盛、その年の景気を占う意味合いもあり、初物は縁起物で人気が高い。
マグロ初競り|過去の落札者
過去10年に行われた初競りの落札者は以下の通りだ。
年度 | 落札者 | 落札金額 | 重量 | 産地 |
平成25年度(2013) | 喜代村(すしざんまい) | 1億5540万円 | 222kg | 青森県大間 |
平成26年度(2014) | 喜代村(すしざんまい) | 736万円 | 168kg | 青森県大間 |
平成27年度(2015) | 喜代村(すしざんまい) | 451万円 | 180.4kg | 青森県大間 |
平成28年度(2016) | 喜代村(すしざんまい) | 1400万円 | 200kg | 青森県大間 |
平成29年度(2017) | 喜代村(すしざんまい) | 7420万円 | 212kg | 青森県大間 |
平成30年度(2018) | やま幸(鮨 おのでら) | 3645万円 | 405kg | 青森県大間 |
平成31年度(2019) | 喜代村(すしざんまい) | 3億3360万円(歴代最高額) | 278kg | 青森県大間 |
令和2年度(2020) | 喜代村(すしざんまい) | 1億9320万円 | 276kg | 青森県大間 |
令和3年度(2021) | やま幸(鮨 おのでら) | 2084万円 | 208kg | 青森県大間 |
令和4年度(2022) | やま幸(鮨 おのでら) | 1688万円 | 211kg | 青森県大間 |
令和5年度(2023) | やま幸(鮨 おのでら) | 3604万円 | 212kg | 青森県大間 |
参考:東京都中央卸売市場
なぜ高いのか
毎年恒例のマグロの初競り。過去には3億3,360万円で落札されている。その価格の高騰は、一体何が原因なのだろうか。初競りとは、新年最初の競り売りのことを指す。初競りのマグロが高い理由は3つあるといわれている。
まず、初競りというのは一年で最初の競り市のことを指し、新鮮で一番品質の良いマグロが出品される。そのため、品質の高さが価格を引き上げている。
また、初競りは年間の漁獲のスタートを象徴する大切な行事であり、その象徴的な価値も価格に反映される。さらに、マグロの需要と供給のバランスも価格を左右する。マグロは世界中で愛される海産物であり、特に日本では寿司や刺身として非常に人気があるのは誰もが知っているだろう。しかし、過度な漁獲によりマグロの個体数は減少傾向にあり、その希少性が価格を高騰させている。
他には、初競りのマグロはメディアの注目度も高く、大手企業や富裕層が自社の名前を売るために、あるいは縁起物として高額で競い合う。その結果、初競りのマグロは一般的な市場価格よりもはるかに高い価格で競り落とされる。
以上のような理由から、初競りのマグロは高価格になる傾向がある。
初競りの舞台裏~それぞれの想い~
一番マグロへの関心の多くは「落札価格」か、あるいは「漁獲の瞬間」を追ったテレビのドキュメンタリーだ。高額落札と命懸けの漁は、お茶の間に絶大な宣伝効果をもたらし、千客万来のきっかけを作る。
ここでは落札者を深掘りし、その思いの丈に触れてみよう。
香港の寿司王「板前寿司」
2008年、突然現れたリッキー・チェン氏は外国人として初めて一番マグロを獲得した。
「板前寿司」の代表であるリッキー氏は、取引先仲卸「やま幸」と共に初競りに参戦したのだ。
リッキー氏は鮨職人に憧れ19歳で来日し、高級鮨店での修行を経て「世界中の人にリーズナブルで本格的な鮨を食べさせたい」と想いを抱く。
その後、香港と日本で創業したリッキー氏だが、日本での鮨ビジネスは甘くなかった。赤字覚悟で国産生クロマグロを安く提供するが、受け入れられない。そもそも、信用のない外国人は市場で門前払いされた。「中国経営者」「逆輸入の寿司」など、ネットの風評被害も多かった。
そんな中、信用獲得とアピールを目的に挑んだ初競りであった。思惑通り、一夜にして大行列の店となるが「日本のマグロが外国人に食い尽くされる」「食文化流出」との声もあがっていた。
翌年、2009年の一番マグロも狙う最中、リッキー氏に思わぬ仲間が現れた。それが老舗の「銀座久兵衛」だ。政界、財界など超一流の客を持つ久兵衛もまた、リーマンショック後の不景気で元気がなかった。「景気づけに一番マグロを獲りたい」。
2つの想いを仲卸「やま幸」が繋ぐ。「板前寿司」と「銀座久兵衛」は3年連続で一番マグロを共同購入した。
マグロ大王「すしざんまい」
世間的な認知は広く、一代で国内有数の鮨チェーン店を築いた人物。マグロの初競りといえば、すしざんまいの木村清社長だ。
木村氏は幼少期、事故で父を亡くし貧しい時代を過ごした。ある時、母が持ち帰った2切れのマグロを一家4人で食べ分けたという。その味が忘れられず「母にとびきり上等なマグロを腹一杯食べさせてやりたい」そんな想いを秘めた。
航空自衛隊に入隊し、パイロットを目指したが不慮に視力を悪くし断念。水産業界へ転身した木村氏は現在、1300人の従業員を抱え、鮨職人育成学校まで手掛ける。「24時間営業、365日無休、明朗会計」というすしざんまいのコンセプトは、鮨界の革命ともいえる。
また、グローバルに活躍し、世界各国でのマグロの蓄養を行っている。ソマリアでは水産加工技術の向上や、漁船の提供などの漁業支援をした。そこには木村氏の緻密な思考と大胆な行動力があるのだ。
自分の憧れた食べ物、マグロ。
多くの人に最高のマグロを廉価で食べてもらいたい。
そんな想いを繋ぐ。
ミシュラン星を獲得「鮨おのでら」
2018年、すしざんまいと競り勝ったのが、ONODERAグループ傘下「鮨おのでら」の小野寺氏と仲卸の「やま幸」だ。ONODERAグループは、全国2700箇所以上の病院、介護施設、企業内社員食堂などに給食事業を展開する総合フードサービス会社だ。
中でも、小野寺氏の肝煎が「鮨おのでら」である。「日本の食文化の素晴らしさを世界へ伝える」というコンセプトのもと、ミシュランの星も獲得している。
一番マグロは、小野寺氏の「銀座本店で確立した本物の味とサービスをそのまま世界各国のお客様に」という想いが、1つの形になった瞬間である。
実は2018年の初競りでは、すしざんまいも大健闘を果たしている。一番マグロとは「キロ単価✕重量=マグロ一本の価格」が最高値のマグロに与えられる称号だ。
すしざんまいは「キロ単価」で最高値のマグロを競り落としているのだ。
「板前寿司」や「すしざんまい」と異なり、「鮨おのでら」は高級路線を進む。
料理代25,000円に、お酒をたしなみ、サービス料10%と消費税。
あっという間に大枚が飛ぶから驚きだ。
時間帯、コース内容により価格は変動するが……)
それでも、宣伝効果は抜群で大行列となる。
2018年以降、2023年まで毎年、初競り参戦している小野寺氏。
2019年の予算は3億円であったが、残念ながら、すしざんまいはそれを上回った。
そして、2021年から3年連続で一番マグロを獲得中だ。
ところで、鮨おのでらは初競りで一番マグロ以外にもマグロを買っている。
同時期に買った他のマグロの行方も気になるところだ。
マグロの初競りまとめ
この記事では「マグロの初競り」について解説してきた。
競りが行われる卸売市場は、私たちの食料の安定供給を担う、極めて重要な存在だ。
初競りの一番マグロの魅力をまとめる。
・高額で価値があること
・初物で縁起が良いこと
・関係者の想いを繋ぐ架け橋であること
海原のマグロが、あなたの口に届くまでに壮大な物語がある。一番マグロを食べる機会があるなら、背景に想いを馳せてみると、より感動を味わえるであろう。
さて、マグロの初競りの舞台はここまでだ。目の前の現実にも目を向けなくてはいけない。
かつて大衆魚だったマグロは、今や高級食材である。
次の一番マグロを食べるために、私はマグロ貯金でも始めるとしよう。
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【参考文献】
CROSSMEDIA PABLISHING:「魚ビジネス」
NHK出版:「マグロの最高峰」