マグロ解体新書
COLUMN【マグロの刺身】おいしい切り方~スジの制する者がマグロを制する
漁師が命懸けで釣り上げる「黒いダイヤモンド」
赤身、中トロ、大トロ……部位によって異なる味わい。
そして、切り方ひとつで、おいしさが変わる。
そんなマグロを適当に切ったらモッタイナイ。
誤魔化しが効かない刺身をコントロールできるのは、切り方だけである。
スジのことも知らずにマグロを切ってはいけない。しかし、安心してほしい。この記事を読めば「マグロの刺身をおいしく切る方法」がわかる。
私はイカリダ。スジを極めた鮪のプロ。鮪を解体し、鮪のおいしさと魅力を最大限に引き出すことが生業である。
【イカリダ式:マグロの切り方】
スジが手前に倒れるように置き、筋と直角に包丁を入れ、一太刀で切る。
イカリダ式の切り方を学び、筋目を見極め、マグロのおいしさを最大限に引き出せるように切ろう。もちろん、美しい盛り付けまでしっかり案内しよう。
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・マグロの筋(スジ)とは?
・柵(サク)をまな板に置く向き
・おいしい刺身の切り方
・刺身用包丁の特徴とおすすめの切り方練習法
・【ワンポイントアドバイス】刺身の美しい盛り付け方
・【マグロの切り方まとめ】スジを見極め、おいしい刺身を引く
・マグロの解体ショー、最高のエンターテイメント
マグロの筋(スジ)とは?
マグロの切り方を説明する前に、スジについて知る必要がある。
マグロのスジとは、赤色の身の中にある「白い帯状の繊維」のことで、その成分はコラーゲンやたんぱく質から成る。
スジは中骨を中心にして、丁度、樹木の年輪のように身全体に存在する。スジ全体の流れや方向、厚さ、間隔などをまとめて「筋目」と呼ぶ。
筋目は魚体の場所によって、その向きや薄さ、幅、硬さが異なる。特に、背中の「分かれ身」や尾にはスジが密集する。
マグロは生まれてから死ぬまで止まることなく泳ぎ続ける。ゆえに、筋肉量も多く、筋肉を支えるスジが強くなるのは必然である。それがマグロのスジだ。
柵(サク)をまな板に置く向き
マグロの刺身の切り方を解説するにあたって、前提として2つの条件を示す。
条件①:短冊形のサクを用いること
条件②:右手で包丁を持つこと
(左手で包丁を握る場合は、左右反対になる)
まずは、筋目を見極めるためのアドバイスだ。
刺身の切り方は、後述するように主に2つ。
・サクの右側から切る「平造り」
・サクの左側から切る「そぎ造り」
刺身を切る時は、包丁を奥から手前に動かす「引き切り」だ。そのことから、プロは刺身を切ることを「刺身を引く」という。
《サクの置き方》
サクはまな板の上に横長に置くのだが「正しく」置かねばならない。これは、初心者にとって少々ややこしく感じるが、避けて通れない道である。
ところで、サク置き方は4パターンあることにお気付きだろうか?
(A)そのまま
(B)Aを180度回転
(C)Bをひっくり返す
(D)Cを180度回転
答えは1つ。正解を導くヒントはスジに隠されている。
《サクの横からスジを見る》
横からスジを見る目的は「身崩れを防止するため」だ。まな板の上に置かれたサクを横から覗き込み、スジの倒れる向きに注目してほしい。
引き切りは、包丁が奥から手前に向かって動く。この時、スジの流れに逆らうと「身割れ、身崩れ」が起こる。スジの流れと包丁の動きが同じ方向だと「身割れ、身崩れ」が起こりにくい。
つまり、『サクを横から見て、スジが手前側に倒れるように置く』のが正解だ。
《サクの上からスジを見る》
刺身用のサクは多くの場合、斜めにスジが入っているはずだ。もしも、縦や半円状にスジが入っていたら、それは刺身には向かないサクである。
平造りではスジが『右上から左下』に、そぎ造りなら『左上から右下』になるようにサクを置く。ちなみに、まな板に置く際はサクを手前に置くことで、刺身を引きやすくなる。
おいしい刺身の切り方
次は、本記事のメイン。包丁の使い方だ。
平造り、そぎ造りをそれぞれ解説するが、要点は同じだ。
マグロの平造り~サクの右側から引く
右端から切り出し、そのまま右側に流れるように並べる。
マグロに限らず、平造りは刺身の基本型であり、汎用性が高い。
【平造りの5つのポイント】
①スジに対して直角
スジに対して直角に引くことで、スジを短く断ち切り、口に残りにくくする。
②包丁を少し寝かせる
右手を「反時計回り」に少しだけひねり、包丁を寝かせる。それは刺身を大きく見せ、鋭角にすることで見た目がキレイになる。
③同じ幅、厚さ
同じ幅で引くことで、盛り付けた時の見栄えはより美しくなる。
④包丁全体を使って一太刀で引く
刃元から刃先まで全体を使い一太刀で引くことで、断面が一直線で見た目、口当たりが良くなる。
⑤切り離す直前、1mm残して包丁の角度を立てる
切り離す前に包丁を立てることで、角が立ち映える。
以上が平造りの極意だ。
マグロのそぎ造り~サクの左側から引く
左端から切り出し、左手で左側へ流していく。
そぎ造りもまた、刺身の王道で、あらゆる魚に使える技術だ。
断面を大きくしやすく、握り寿司に適した手法と言える。大トロは脂がくどくならない様に薄めに切るのが良い。
【そぎ造り5つのポイント】は平造りと同様だ。
唯一異なるのは包丁を寝かせる向きで、右手を「時計回りに」ひねって、包丁を寝かせれば良い。
以上がそぎ造りのポイントである。
【プロの技!】三角形のサク、身の薄いサク
マグロの魚体は紡錘形(ぼうすいけい)と呼ばれる、円柱の両端をすぼめた様な形である。
サクは刺身にしやすいように、短冊形に切り出される。しかし、当然ながら外側になるほど短冊形から遠ざかり、形がいびつになる。
前提条件を飛び越え、
・厚さは均一で三角形
・刺身にするには薄い短冊形
・引きづらい三角錐形
このようなサクを引く場合のコツを紹介する。
意識するべきことは2つ。
・スジはできる限り短く断ち切る
・刺身1切れの大きさを合わせる
【厚さは均一で三角形】
・平造り、そぎ造りどちらでもOK
・先細りに向かって包丁の角度を少しずつ大きくする
スジと包丁が直角ではなくなるが、やむを得ない。スジの短さや刺身の大きさを見ながらうまくバランスを取ろう。
【刺身にするには薄い短冊形】
・そぎ造りで引く
・包丁を大きく寝かせる
右手をより大きく「時計回りに」ひねり、包丁を寝かせることで断面を大きくする。
【引きづらいにくい三角錐形】
・包丁の角度
・寝かせる角度
・1切の厚さ
そぎ造りが適しており、先細りに向けて以上の3点を徐々に大きくする。
このような技を使うことで、形の悪いサクも無駄なく使うことができる。
スジが強いサクの対処方法
スーパーでスジの多すぎるサクを見かけないのは、売れないからだ。手を加えて「すぐに食べれらる刺盛り」や「切り落とし」として完成された状態で売られている。
とはいえ、市場でまとめ買いをしたり、もらい物で手元にあるなら、おいしくいただこう。
スジが強いサクの対処方法は3つある。
①隠し包丁
刺身1切れに残るスジを、さらに細かく切る技。
切り離さないように、裏側から浅く包丁を入れる。
②掻き身/たたき
サクを大きめに切り分け、スプーンで身を掻き取る。あるいは、スジも一緒に包丁で細かくたたく。
③炙り
刺身を軽く炙ることで、スジの主成分であるコラーゲンが溶け、口に残りにくい。
刺身用包丁の特徴とおすすめの切り方練習法
魚河岸や料理屋のプロが使うのは刺身専用の包丁だ。
刺身包丁には主に2種類ある。
・「柳刃包丁」関東型/先が尖っている
・「たこ引包丁」関西型/先が平たい
料理や鍛冶の歴史は古く、刃物はそれぞれの用途に合わせ進化してきた。
刺身包丁が「長く、細く、薄い」理由
刺身包丁の切っ先の形状は関東と関西で違うが、その特徴は共に「長く、細く、薄い」ことである。
目的はただ1つ「おいしい刺身が引けるように」
・一太刀で切れるように
・摩擦や抵抗を受けにくいように
もしも、あなたが
・刺身は自宅で引きたい
・料理が大好き
・料理のレベルを上げたい
そのような気持ちがあるなら、刺身包丁を1本買ってみるのもいいかもしれない。東京のかっぱ橋に代表されるような、料理道具の店を巡ってみるのも楽しいものだ。
時と場合によって、自宅にあるいつもの「三徳包丁」で切る場合もあるだろう。
そんな時は、幅が短いサクを選ぼう。刃渡りの短い包丁で、幅の広いサクを一太刀で引くのはプロでも難しい。
刺身を切る練習にこんにゃくを代用しよう
さて、ここで刺身を引く練習方法を紹介しよう。これは日本料理のプロ、板前の練習方法でもある。
料理屋でお客様に刺身を出せるようになるまでは、長年の修行を必要とする。しかし、高価な生魚は簡単には触らせてもらえない。そこで代用するのが「こんにゃく」だ。
こんにゃくを代用するメリットは、
・価格が安い
・サクの形と同じ短冊型
・上手に引くのは魚より高難度
だからである。平造り、そぎ造りはもちろん、薄造りも練習できる。こんにゃくをキレイに引けるようになれば、間違いなく刺身はより上手に引ける。
【ワンポイントアドバイス】刺身の美しい盛り付け方
料理は見た目だけで、喜びや感動を与えられ、食欲が湧き立つ。刺身は「向付(むこうづけ)」とも呼ばれ、日本料理のメインでもある。ちなみに、日本料理では奇数が「縁起が良い」とされ、偶数は使われない。
【刺身の盛り付けの基本】
・奥高前低
・白黒赤黄緑
・三角形
・三種、三点
・余白三割
《奥高前低》
器の奥側には、大根のツマを敷いて、刺身を山にする。平造りは立て、そぎ造りは重ねて。
手前は低く、流れるように盛る。
《白黒赤黄緑》
日本料理の基本の5色。以下を参考にバランスよく盛る。
・白/白身の魚、大根
・黒/海苔、ワカメ
・赤/赤身の魚、エビ、穂じそ
・黄/人参、菊
・緑/わさび、大葉、海藻類
《三種、三点》
奇数の中でも特に「三」はよく使われる数字だ。
例えば、刺身三種盛り。
春:タイ、カツオ、アカガイ
夏:スズキ、ハモ、ウニ
秋:カレイ、キンメ、イカ
冬:マグロ、ヒラメ、アマエビ
あるいは、一種を三ヶ所に盛っても良い。
《三角形》
器の奥中央、手前右、手前左の三角形に盛る。
《余白三割》
器の余白を三割残して盛る。
これらを知識を元に実践すれば、仕上がりは見違える。
試す価値があり、喜ばれること請け合いだ。
【マグロの切り方まとめ】スジを見極め、おいしい刺身を引く
この記事では「マグロの刺身をおいしく切る方法」について解説してきた。
手に入れたマグロは、よりおいしく食べてもらいたい。それがイカリダの願いだ。
【マグロの刺身の引き方】
①スジが手前に倒れるようにまな板に置く
②包丁はやや寝かせ、同じ厚さで
③スジと直角に包丁を入れ、スジを短く断ち切る
④包丁全体を使って一太刀で引く
刺身を引いたら、奥を高く、三角に彩り良く器に盛る。
これでマグロの刺身は完璧だ。刺身は誤魔化しが効かない。
正しい引き方を覚えれば、料理のレベルがグッと上がるはずだ。